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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)560号 判決 1969年1月22日

原告

長久保勝好

被告

関谷本治

主文

1、被告は、原告に対し金二二〇万円およびうち金二〇〇万円に対する昭和四三年六月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

2、原告その余の請求を棄却する。

3、訴訟費用は、これを五分してその四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

4、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

一、請求の趣旨

被告は、原告に対し金一〇九〇万円およびうち金九七四万円に対する昭和四三年六月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

との判決ならびに仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二、当事者の主張

一、請求の原因

(一)  自賠法三条による請求

1 (事故の発生)

原告は、昭和四〇年五月三〇日午後一〇時四五分ごろ、東京都渋谷区本町一丁目五四番地先路上を原動機付自転車を引いて歩行中、後方から進行してきた被告の運転する普通貨物自動車品四は二八号(以下、加害車という。)と接触して入院一二七日間、同年一〇月四日退院後現在に至るも通院加療を継続しなければならない頭蓋骨骨折、脳挫傷、頭蓋内出血などの傷害を負つた。

2 (被告の責任)

被告は、本件事故の際加害車を自分の用事に使用していて自己のためそれを運行の用に供していたから、自賠法三条に基づき原告の本件事故による損害を賠償する義務がある。

3 (損害)

(1) 昭和四一年八月三一日までの損害

Ⅰ 原告が本件事故後同日までに右事故によつて受けた損害は次のとおりである。

(Ⅰ) 着衣損傷 金一万円

(Ⅱ) 治療費等の支出 金一二二万三四二四円

(Ⅲ) 逸失利益 金一〇五万三四〇〇円

(Ⅳ) 慰謝料 金五〇万円

原告は、前記傷害により同日までに入院四カ月と六日、通院一〇カ月と一六日に及ぶ治療を継続しなければならなかつたが、かかる精神的苦痛を慰謝すべき金員は、入院一カ月につき金一〇万円、通院三カ月につき金一〇万円とするのが相当である。そうとすれば、原告が同月二〇日までに蒙つた精神的苦痛に対する慰謝料は約金七五万円になり、金五〇万円を下らないことは明らかである。

Ⅱ 原告は同月三一日までに以上の損害を受けたが、右損害についてはいずれも被告から弁済を受けた。

(2) 同年九月一日以後の損害

Ⅰ 原告が本件事故により蒙つた損害のうち同日以後に発生する分は次のとおりである。

(Ⅰ) 昭和四三年五月三一日までの逸失利益 金一二六万円

原告は、本件事故当時、建築請負業兼大工をしている父訴外長久保好三のもとで大工として稼働し、一カ月平均金七万一六八〇円の収入を得ていたが、前記傷害のため昭和四一年九月一日以後も昭和四三年五月三一日まで仕事を休まざるを得なかつたので、その間収入を得ることができずその間の収入を内輪に見積つて一カ月金六万円としても、金一二六万円の損害を受けた。

(Ⅱ) 同年六月一日以後の逸失利益 金六六二万円

原告は、前記のとおり大工として一カ月金六万円を下らない収入を得ていたが、前記傷害により労基法施行規則別表第二身体障害等級表第六級に該当する外傷性てんかんおよび精神機能の低下、聴力障害の後遺症が残り労働能力を減少した。

原告は、昭和一三年三月一七日生まれの健康な男子であつたから、昭和四三年五月三一日現在三〇歳の男子の平均余命は第一一回生命表によると四〇年であり、大工職の稼働可能期間は六〇歳までと考えられるので、同年六月一日以後なお二九年余稼働できるものと思われる。そして労働基準監督局長通牒(昭三二、七、二基発第五五一号)による労働能力喪失率表を参酌して昭和四三年六月一日から昭和五三年五月三一日までの労働能力喪失率を六〇パーセント、同年六月一日から昭和六三年五月三一日までのそれを五〇パーセント、同年六月一日から昭和七二年五月三一日までのそれを四〇パーセントとすると、原告は昭和四三年六月一日以降の得べかりし利益を一時払額にして次のとおり金六六二万円(万円未満は切捨て)喪失した。

a 同日から昭和五三年五月三一日までの逸失利益

金三四三万〇〇八〇円

{(60,000×60/100)×12}×7.94(10年のホフマン式年毎計算の係数。以下、ホフマン係数という。なお、小数点3位以下切捨て。以下、ホフマン係数について同( )=3,430,080

b 同年六月一日から昭和六三年五月三一日までの逸失利益金二〇四万一二〇〇円

{(60,000×50/100)×12}×13.61(20年のホフマン係数)=4,899,600

{(60,000×50/100)×12}×7.94=2,858,400

4,899,600-2,858,400=2,041,200

c 同年六月一日から昭和七二年五月三一日までの逸失利益金一一五万四八八〇円

{(60,000×40/100)×12}×17.62(29年のホフマン係数)=5,074,560

{(60,000×40/100)×12}×13.61=3,919,680

5,074,560-3,919,680=1,154,880

d 昭和四三年六月一日から昭和七二年五月三一日までの逸失利益金六六二万六一六〇円

3,430,080+2,041,200+1,154,880=6,626,160

(Ⅲ) 慰謝料金 二五〇万円

原告は、前記の後遺症に悩まされながら生涯を送らなければならないが、かかる精神的苦痛を金銭に見積るときは、死亡による慰謝料を金四〇〇万円とするのに応じ、前記労働能力喪失率表による前記身体障害等級表第六級の喪失率は死亡にも比すべき同表第一級のそれを一〇〇パーセントとした場合には六七パーセントであるから、金二六八万円とするのが相当である。したがつて、原告の右後遺症による精神的苦痛に対する慰謝料は金二五〇万円を下らないこと明らかである。

Ⅱ 原告は被告から前記(Ⅰ)の損害についてうち金六四万円の支払いを受けた。

(3) 弁護士費用 金一一六万円

以上のように、原告は、被告に対し金九七四万円の損害賠償請求権を有するところ、被告はこれを任意に弁済しないので、原告は、昭和四二年一二月一二日、弁護士たる本件原告訴訟代理人に対し本訴の提起と追行を委任し、手数料、謝金について同弁護士の所属する東京弁護士会の報酬規定により額を目的の価額の各六分、支払日を本訴判決の言渡日とする債務を負担した。

(二)  和解契約に基づく請求

1 (和解契約)

昭和四一年八月、原・被告間に本件事故による将来の損害に関しすべての損害項目について損害額全部を賠償する旨の和解契約が成立した。しかして将来の損害は前記(一)3(2)のとおりである。

2 (弁護士費用)

右のとおり、原告は、被告に対し本件事故による将来の損害について和解契約に基づく支払請求権を有するものであるが、(一)3(3)に述べた如く、原告は本訴原告訴訟代理人に対し報酬を支払う債務を負担している。

(三)  結論

よつて、原告は、被告に対し金一〇九〇万円およびうち金九七四万円に対する将来の逸失利益の一時払額算定基準日の翌日である昭和四三年六月一日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを自賠法三条と和解契約に基づいてそれぞれ請求できるので、それを択一的に請求する。

二、請求原因に対する答弁

(一)  自賠法三条による請求原因について

1 請求原因第1項について

原告が昭和四一年八月二〇日以降現在に至るも通院加療を継続していることは不知、その余の事実は認める。

2 同第2項について

認める。

3 同第3項(1)について

原告がその主張の如き(Ⅰ)ないし(Ⅲ)の損害を蒙つたこと、被告がそれを弁済したこと、被告が慰謝料として、金五〇万円を弁済したことは認める。しかし、右慰謝料金五〇万円は、本件事故による被告の全精神的苦痛に対するものである。

4 同第3項(2)について

原告がその主張の如き後遺症を負つたこと、被告が原告に対し金六四万円を支払つたこと(ただし、その趣旨は後記の如く被告の後遺症に対する補償である。)は認めるが、原告が大工として稼働していたこと、原告がその主張の年月日生まれで健康体であつたことは不知。その余の事実は否認する。

5 同第3項(3)について

不知

(二)  和解契約に基づく請求原因について

1 請求原因第1項について

原、被告間に和解契約が成立したことは認めるが、その成立日は昭和四一年八月二〇日であり、その内容は、原告を甲、被告を乙と表示する次の各条項を含んで作成された示談書によつて示される。

(1) 甲の治療費の全額を乙が負担する。

(2) 甲が傷害のため休業を要する期間一日につき二三〇〇円の割をもつて、乙は甲に対し、休業補償すること。

(3) 甲の傷害が重患のため、その家族が昼夜看病するため家族の休業補償及び夜間看病の手当を乙は補償すること。

(4) 甲がこの傷害のため後遺症があるときは、専門医の認定により、乙は、これを補償すること、その補償額は、自動車損害賠償責任保険法の定める等級によること。

(5) 将来この傷害を元因(ママ)として、医師の治療をうけた時はその治療費及び治療のための休業に対し、乙は補償すること。

但し、休業補償の金額は、双方協議の上決めること。

(6) 乙は慰謝料として金五〇万円を甲に支払うこと。右(4)項・(5)項は、「得べかりし利益の損失補償として本件事故から和解時につき一日二三〇〇円を、それ以降については原告の後遺症を自賠法の定める労働能力喪失基準によつて算定してそれぞれ支払つたうえ、さらに将来の休業補償についても考慮する。」との趣旨に解すべきものである。したがつて、右和解は将来の損害をすべての損害項目について損害額全部を賠償する趣旨のものではない。

2 同第2項について

不知

三、抗弁

(一)  自賠法三条による請求に対する抗弁

1 過失相殺の抗弁

本件事故当時は豪雨で見通しが悪かつたが、原告は黒色の雨合羽を着て無灯火の原付自転車を引き歩車道の区別のある通路の車道を歩行していたから、原告には本件事故の発生について道交法一〇条に違反する過失があり、この過失は賠償額の算定にあたつて斟酌さるべきである。

2 和解による損害賠償請求権消滅の抗弁

原告の被告に対する本件事故による損害賠償請求権は、前に二(二)1に記した和解契約の成立によつて消滅した。

(二)  和解契約に基づく請求に対する抗弁

被告は、前記示談書に基づく義務をすべて履行した。とくに、昭和四二年一〇月一九日ごろ、前記示談書(4)項に基づく後遺症の補償として、東京労災病院の診断により新宿査定事務所の査定のとおり原告に対し金六四万円を支払つた。

四、抗弁に対する答弁

(一)  自賠法三条による請求に対する抗弁について

1 過失相殺の抗弁について

原告が、原付自転車を引いて歩車道の区別のある道路の車道を歩行していたことは認める。しかし、原告は車道の左側端を歩いていたものであり、雨は降つていたが豪雨というほどのものではなく、現場は付近の街灯で薄明るいうえ右自転車の前照灯、尾灯は点灯していた。本件事故は、被告が呼気一リットル中に約一・〇ミリグラムのアルコール分を体内に保有し、正常な運転ができない状態で加害車を運転したことが原因であり、仮に原告に過失があるとしても、それは被告の右の如き重大な過失と対比するときは過失相殺において考慮に値いするようなものではないというべきである。

2 和解による損害賠償請求権消滅の抗弁について

被告主張の日にその主張のような文言の示談書が作成されたことは認めるが、右示談書作成に先立ち口頭で和解契約が成立していたものであり、示談書は右和解契約とは別に刑事裁判上として作成されたものである。そして、右和解契約においては、将来の収入損および慰謝料を支払う旨の合意がなされていたものである。

(二)  和解契約に基づく請求に対する抗弁について

被告がその主張のころ原告に対し金六四万円を支払つたことは認めるが、それが前記和解に基づく後遺症の補償であることは否認する。ちなみに、被告は前記二(二)1において右和解には「さらに将来の休業補償についても考慮する。」との条項がある旨陳述して将来の収入損については損害額全部を無制約的に賠償することを自白している。

第三、証拠〔略〕

理由

一、事故の発生

自賠法三条による請求原因(以下、請求原因というときは自賠法三条のそれをさすものとする。)第一項の事実については、原告が昭和四一年八月二〇日以降現在に至るも通院加療を継続していることを除き当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告は昭和四一年八月二〇日以降現在に至るも虎の門病院脳神経外科に通院して治療を受けていることが認められる。

二、被告の責任

請求原因第二項の事実は当事者間に争いがないから、被告は加害車の運行供用者として本件人身事故により原告が蒙つた損害を賠償する義務がある。

三、損害および和解について

そこで次に損害について検討することになるわけであるが、被告は請求原因第3項(1)(2)の損害に対しては原・被告間に和解が成立している旨主張するので、便宜その成否を先に判断することにする。

(一)  (和解契約の成立)

原・被告間に和解契約が存在すること、昭和四一年八月二〇日被告主張のような内容の示談書が作成されたこと、および原告がその主張の如き後遺症を負つたことについては当事者間に争いがない。そして〔証拠略〕によれば、和解契約に基づく被告の義務の履行として、被告から原告に対し着衣損傷分金一万円、治療費等金一二二万三四二四円、昭和四〇年五月三〇日から翌年八月三一日まで四五八日分の逸失利益金一〇五万三四〇〇円、慰謝料金五〇万円、以上合計金二七八万六八二四円の支払いがなされたことが認められる。

(二)  (和解契約成立までの経緯)

ところで、右和解契約と右示談書との関係および和解契約の内容に関しては、当事者間に争いが存するので、以下これを検討する。右和解契約成立までの経緯に関しては、原告が前記傷害のため昭和四〇年五月三〇日から同年一〇月四日まで入院し、退院後も通院を継続していたことは前述したとおりであり、〔証拠略〕により、昭和四一年九月一日以降の損害に対する原・被告の折衝の過程は、次のとおりであることが認められる。

(1)  昭和四〇年七月下旬ごろ、被告が原告の父で被告との示談交渉に関して原告を代理していた訴外長久保好三(以下、好三という。)から原告の人身損害に関する示談の申出を受けたこと。

(2)  その直後、被告が右示談の交渉を被告がその組合員になつている訴外文化ランドラース協同組合の相談役をしている訴外唯木彬(以下、唯木という。)に依頼したこと。

(3)  その翌日ころ、唯木が原告の入院している玉井病院におもむいて原告と会つたが、その病状からみてまだ示談の段階ではないと判断し、原告に示談について被告の代理人として出来るだけのことをする旨告げて辞去したこと。

(4)  その後、唯木が被告とともに好三に会い、治療費等について暫定的に被告が支払う旨の合意が成立したこと。

(5)  同年九月四日ごろ、原告が脳波検査をして治癒のめどがついてから示談する旨の話合いがなされたこと。

(6)  同年一一月二日ごろ、好三と唯木との間に、原告の治療費は一切被告が病院に支払う。原告の休業中はその補償として被告は原告に対し一日金二三〇〇円の割合による金員を支払う旨の話合いが出来たこと。

(7)  同年一一月一二日、原告にてんかんの発作があつたこと。

(8)  同月二六日、被告が道交法違反、業務上過失傷害罪により東京地方裁判所に起訴されたこと。

(9)  このころ、弁護人から被告に対して原告と示談するよう勧告があつたが、唯木が今はその段階ではないと回答したこと。

(10)  昭和四一年四月二八日、原告の虎の門病院における脳波検査では異常が消失したこと。

(11)  五月二四日、玉井病院医師大園茂臣が検察官に対し原告の治癒後の機能障害は現状ではない見込みである旨の回答をしたこと。

(12)  同月二七日、原告はいまだ頭蓋骨の骨折が完治せず、頭痛眩暈を訴え一週間に一回通院して加療中であつたこと。

(13)  このころ、原告側から被告側に一カ月につき金一〇万円の慰謝料の請求がなされたこと。また示談したい旨の申出もあつたが、唯木は示談の時期ではないと判断してそのまま放置したこと、そしてもう一度原告の脳波検査をしてから示談をすることになつたこと。被告が刑事弁護人から示談書を作れといわれ、簡単な示談書を作成して唯木のところにもつていつたが、唯木からこれでは原告に捺印を要求できないとして拒否されたこと。

(14)  同年六月一七日ごろ、被告としては原告らに支払つた日当には慰謝料が加味されているつもりでおり、慰謝料一カ月につき金一〇万円の請求は半額にしてほしい気持でいたこと。

(15)  同月二〇日ごろ、原告側から示談の催促があつたので、唯木が被告とともに好三に会い原告の病状を質したところ、好三はこれ以上悪くなることはないだろうということであつたので、本格的に示談の話合いに入ることになつたこと。

(16)  同月二七日、被告を禁錮六月に処する旨の刑事第一審判決があつたこと。

(17)  同月二九日、被告が東京高等裁判所に控訴したこと。

(18)  同年七月一日、原告がてんかん様の発作で川瀬外科に入院したこと。以後月に二―三回大発作があつたこと。

(19)  そのころ、示談の条件については慰謝料の点を除き相違点はなく、慰謝料については好三から金一五〇万円の提案があつたこと。

(20)  その後、慰謝料について入院一カ月金一〇万円、通院三カ月金一〇万円を基準に金七五万円という線が出たが唯木からその話を聞いた被告が慰謝料以外については原告側の要求どおり支払つてきたのだから慰謝料についてはその点を考慮してほしいとして難色を示したので、唯木は好三とさらにその点を折衝して結局金五〇万円で話がまとまつたこと。

(21)  そこで合意内容をとりまとめ確定案とする意味で、同年八月二〇日本件示談書が作成されたこと、文章は唯木が起草したこと、条項中(5)項、(6)項は、特に好三が要求したので条項に取り入れられたこと。

前掲各証拠ことに証人長久保好三の供述中、右認定に反する部分は採用しない。

(三)  (和解契約の内容)

右認定事実によれば、当事者間に争いない示談書の条項は、原告の主張するように和解契約とは別のものではなく、むしろ和解契約そのものなのであるが、法律の専門家によつて起草されなかつたこと(「原因」を「元因」と表示していることからも窺われる。)から、当事者間に成立した合意内容が正確に表現されていなかつたのである、と理解すべきである。そして、右に認定した経過と各条項の文言とを併せ考えると本件和解契約の内容は、示談書の条項に対応させつつ表現すれば、次のとおりのものであつたと認められる。すなわち、

(1)  昭和四一年八月二〇日までの原告が本件事故によつて受けた傷害の治療費(家政婦による看護料、通院費、諸雑費を含む。)および本件事故による原告の着衣損傷の賠償は、全部被告の負担とする。

(2)  原告の昭和四〇年五月三〇日から翌年八月三一日までの四五八日分の休業補償費を一日金二三〇〇円の割合で被告が全額負担する。

(3)  原告が玉井病院に入院中家族等が付添つた費用は、全額被告の負担とする。

(4)  原告の後遺症による逸失利益賠償額は、専門医の認定による労働者災害補償保険の障害等級に基づき、それに対応する自動車損害賠償保障法施行令二条、別表に定める後遺障害等級の保険金額とする。

(5)  同年九月一日以降原告が本件事故によつて受けた傷害の治療のために支出する費用および治療のため原告が休業したときの補償は被告が負担する。ただし、休業補償の金額については第二項によらず双方協議のうえ定める。

(6)  同年八月二〇日までの原告の精神的苦痛に対する慰謝料として金五〇万円を原告に支払う。

証人唯木彬の証言中、現在原告に対して残つているのは今後の治療のために休んだ場合の補償のみである旨の部分および被告本人の供述中これに吻合する部分は、前記認定事実なかんずく慰謝料の算定基準が入院一カ月金一〇万円、通院三カ月金一〇万円ということであつたことに照らし措信できないし、また証人長久保好三の証言中、本件和解契約は刑事事件について裁判所へ出すための中間的なものであり、原告が将来仕事ができなければ本件示談条件(2)項に基づきその補償が貰えるものである旨の部分も、前記認定事実に徴し到底信用できない。ちなみに、示談書の条項(4)項に示され契約内容が、後遺症による逸失利益額に関するものか、後遺症による慰謝料額に関するものかに関しては、多少不明確な点があるけれども、条項(5)項・(6)項は、好三が特に挿入を要求した条項であるところ、(6)項の示談書の文言では、単に「慰謝料」とあつてどの時点までのものか限定がなく、もし、(4)項が慰謝料に関する定めとすれば、体裁上(6)項と重複することとなるのに反し、これを逸失利益に関する定めと見れば、このような不都合のないことに注目すべきである。もつとも、右認定のように、(6)項は結局和解成立時までの慰謝料額を定めたものだつたのであるから、その意味では(4)項を後遺症に関する慰謝料の定めと見ても抵触はないことになるのであるが、先に認定したように(三(二)(19)(20)参照)、和解成立の過程において、他の条件は合意されながら最後まで争われたのが慰謝料額だつたのであり、原告側が初め提示した一五〇万円という額は、将来の分をも含むものであつたが、それを、将来の分の請求を留保しつつ五〇万円に減額することに同意したことによつて和解が成立したものと見ることができ、そういう経過があつたからこそ、法律専門家でない唯木の起案になるとはいえ、(6)項を単に「慰謝料」と表示し、好三もその表示の不十分さを看過することになつたのであろうと推測される。このような間接事実に徴し、(4)項を慰謝料に関する定めと見ず、「後遺障害による逸失利益賠償額を定めるにつき、後遺障害等級に応じる自賠責保険査定金額による旨の合意をなしたもの」と推認した次第である。後日専門医の診断を経て、結局この額は六四万円となつたわけであり、後に認定する後遺症の部位・程度・事故当時の収入・年令から見て甚だ低額との観があるが、和解成立の時点においては、すべては後日の後遺障害等級の判定にかけられていたのであつて右金額が確定していたわけでもなく、右事情の故に右認定を左右することはできない。なお、原告は、事実摘示四(二)において、同二(二)1における被告の陳述は、将来の収入損については損害額全部を賠償する旨自白したものである旨主張しているのであるが、右被告の「さらに将来の休業補償についても考慮する」との陳述は「得べかりし利益の損失補償として本件事故から和解時迄につき一日二三〇〇円を、それ以降については、原告の後遺症を自動車損害賠償保障法の定める労働能力喪失基準によつて算定して各支払つたうえ」という陳述に続くものであり、この陳述を読み合わせ、かつ休業補償なる言葉に徴し考えれば、ここに休業補償というのは後遺障害補償の意味ではなく後遺症の治療のため休業した場合の補償のことであることは一見明らかであるから、原告の右主張は失当である。

(四)  (和解契約の効力)

和解契約の内容は右に認定したとおりであるから、原告主張の損害中右和解契約の対象となつていなかつたもの、すなわち原告が昭和四一年九月一日以降に蒙つた(後遺症による)精神的苦痛に対する慰謝料は別論とし、その余の損害に対する賠償請求権は、右和解契約によつて消滅したこととなり、被告の抗弁はこの限度において理由がある。よつて、進んで、右後遺症による慰謝料の額を案ずることとする。

(五)  (後遺症による慰謝料)

本件事故の概況は前記のとおりであり、原告が原付自転車を引いて歩車道の区別のある道路の車道を歩行していたことについては当事者間に争いがない。そして、〔証拠略〕によると、原告にはパンクした原付自転車を引いて車道を歩行していた過失があるが他方、被告には飲酒のためハンドルを確実に操作できず、かつ、前方の注視を十分できなかつたのにかかわらず加害車を運転した重大な過失があつたことが認められ(甲第三〇、第三九号証には、被告は酒に強くビール二本程度の飲酒では正常な運転が可能であり、本件事故は酔いのために注意力が散漫になつて起したものではない旨の記載があり、甲第二三、第三六号証にもこれに見合う記載があるが、これらは甲第一三ないし第一五、第二六号各証に照らし採用できない。甲第三八、第五二号証もいまだ右認定を覆えすに足りるものではないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)、本件事故はほとんど一方的といつてよい被告のこの過失によつて発生したものというべきである。

また〔証拠略〕によれば、原告は昭和一三年三月一七日生まれの健康な男子で、本件事故当時大工として稼働して一日平均金二三三七円の収入を得ていたことが認められ、前記後遺症の部位、程度から考えれば、相当額の得べかりし利益を喪失したものと考えられるところ、先にも一言したように、これに対する和解額は著しく低いといわねばならない。しかしながら被告が原告に対し金六四万円を支払つたことについては当事者間に争いなく、〔証拠略〕によれば、右金員は昭和四二年一〇月一九日、示談書の(4)項に基づき、東京労災病院における診断の結果判定された後遺障害等級6級に対応する金額として支払われたものであり、原告はそれを何らの異議もとどめず受領したものであることも認められる。

加えて〔証拠略〕によれば、原告は、被告から附添家政婦および妻訴外長久保かをるの附添費ならびに長女訴外長久保幸子の子守代のほかに、好三やその使用する職人らの附添費として金三六万一二六〇円の支払いを受けており、また附添看護を必要としなくなつた昭和四〇年七月一〇日以降にも、右かをるの附添費を額は必ずしも明らかにしえないが受領していることが認められるが、右好三らの附添費および同日以降のかをるの附添費は、本件事故と相当因果関係がないものというべきである(右証人の、原告が暴れるのでそれを押えるために好三らの附添を必要とした旨の証言は、右判断のさまたげとなるものではない。)。

そして前記原告の後遺症の部位、程度および以上の如き諸般の事情を考慮するときは、原告の後遺症に対する慰謝料は金二〇〇万円をもつて相当とする。

(六)  (弁護士費用)

以上により原告は被告に対し金二〇〇万円の損害賠償請求権を有するところ、被告がこれを任意に弁済しないことは弁論の全趣旨から明らかであり、〔証拠略〕によれば、原告は昭和四二年一二月一二日弁護士たる本件原告訴訟代理人に対し本訴の提起と追行を委任し、手数料、謝金について右判決認容額の各八分をその額とし支払日を本件判決の言渡日とする債務を負担するに至つたことが認められるが、本件事案の難易、前記請求認容額その他本件にあらわれた一切の事情を勘案すると、本件事故による原告の損害として被告に賠償さすべき右費用は金二〇万円とするのが相当である。

四、結論

原告は、本訴において自賠法三条による請求原因と本件和解契約に基づく請求原因とを択一的に主張するのであるが、前判示のとおり原告の被告に対する自賠法三条による請求のうち金二二〇万円およびうち金二〇〇万円に対する本件事故発生の日以後の日であることが明らかな昭和四三年六月一日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるからこれを認容するので、その限度において和解契約に基づく請求原因については審判の限りでない。自賠法三条による請求中その余の部分については、これを棄却することとし、この結論は和解契約に基づく請求原因に拠つても同様となることは、以上判示したところから明らかである。(前示和解契約の各項(5)項による将来治療費等の損害に関してはもとより別論であるが、原告は本件においては、右条項に拠らず、原告主張のとおりの和解契約の存在を主張し、これに基づく請求をしているからである。)よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次 福永政彦 並木茂)

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